窓の管理人・ろばです。
今回提案したルールについていくつか補足で説明をします。
まず、
8.あらゆる暴力を認めません
(2)精神的な暴力を認めません
②思想・信教・信条の自由の侵害
②思想・信教・信条の自由の侵害
および
11.削除について
(3)予言・霊視・霊能力などオカルト系の発言
(3)予言・霊視・霊能力などオカルト系の発言
について説明します。
このことについては、管理人としては今まであまり断定的なことは申し上げてきませんでした。しかし、線引きがあいまいであることがむしろ混乱を招くことがわかり、今回、ルールでこのことを明記しました。
一人称で説明します。
私が神を信じるか仏を信じるか、あるいは信じないかは、私の自由です。私には信じる権利と、信じない権利があります。
私の関係故人がいまどうしているか、私がそこに思いをめぐらせて、仮に掲示板上で「いったいあなたはどこにいるの?」とたずねたとしても、それは、少なくともこの地上の誰に尋ねたものでもなく、答えを求めてもおらず、誰かに勝手に代弁されたいとも思いません。
自らの近しい亡き人について思いをめぐらせ、そのことについてどのような想像をしようと、それはそれぞれの精神の自由です。そして、同じ自由が他の人にもあります。ほかの人の自由を無視して「こうですよ」と決め付ける権利は、誰にもないと思います。
仮に私が故人を代弁してもらいたいと思ったら、誰にどうやって代弁してもらいたいかを自分で決めます。仮に私が祈祷してもらいたいとしたら、私は自分の意志で誰にどうやって祈祷してもらいたいかを決めます。
そして、私が亡き人に話しかけたとしたら、勝手にそれに答えないでください。私が答えてほしいのは、あなたにではないのです。亡き人の代わりは、誰にもできません。
新たらしいルールに変わるのを機に、この掲示板で、故人の代弁、故人が今何をしているか、どういっているか、なにを思っているかなどの霊視発言や勝手な祈祷などは、一切、やめていただきたいと思います。
自らがなにかを信じることと、ほかの人に自分が信じることを押し付けることはまったく別のことです。宗教などの押し付けは精神的な暴力です。
新しいルールの案は、自由・平等・非暴力のコンセプトのもとに作成しました。とくに生と死に関わるたいへんシリアスなテーマのこの掲示板でそれぞれの精神の自由、思想や信教の自由が尊重されることは、とても大切なことだと思います。
なお、今まではあいまいであった窓1の位置づけを、今回「分かち合いの場」と明記しました。
分かち合いの基本は、「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。
リアルな分かち合いの場では、それぞれが定められた時間を公平に分け合い、順番に自らの気持ちを話していく(話したくない人は話さないでパスする)、その場にいる人は、静かに黙ってそれを聞いている、というかたちがとられます。最後に、お話をしなかった人とも共有の時間をつくって、時と場をともにできたことを感謝し、別れる。
分かち合いは、本来、それでよいのだと思います。
ただ、そこがリアルな場とネットの大きな違いで、いくら画面の向こうで静かにうなずきながら共感の涙を流していたとしても、それは誰にも見えません。
それで、つい、「聞いてますよ」というサインとして何かをいわなければならないような気持ちになってしまうことがあります。ただ、それはときとして、説教や安易な慰め、相手の感情の否定につながることがあります。それをできるだけやめていくための、いくつかの工夫を盛り込みました。そのもっとも重要なものが「自分を主語にして話す」ということです。
私はどう感じている、私はどう思っている、まではいえますが、あなたはこうです、あなたの亡くなった近しい人はこうです、というのは、余計なお世話だと思います。
自分を主語にして話すことによって、カウンセリングや相談ではなく、自分の経験や気持ちを分かち合うということが自然にできていくのではないでしょうか。
書く人も読む人も、「分かち合いは、言いっぱなし、聞きっぱなしが基本なんだ。」ということを頭に入れておくだけで、コメントがつかなかったとしても、みんな無視しているのではなくて黙って聞いているのだろうと思えるかもしれませんし、読んでいる人も、無理をしてコメントをしなければいけないというプレッシャーからも開放されるかもしれません。
過度な依存や過保護・過干渉をやめましょう、というのも、ここがなにかの「支援」の場ではなく、同じ立場の人どうしの「分かち合いの場」であるという基本にそったものです。
ちなみに、今まではよくあったのですが、他の参加者に「どうしているのか」といった呼びかけを頻繁にするのは、過干渉に通じます。これは今後、できるだけやめていただきたいと思います。
べつに毎日アクセスしなければならないわけもなく、1年に一度でもいいはずです。それはそれぞれの自由です。来たら迎える。来ない人はほっておく。お互いにあまり無理をしたり無理をさせたりしないようにしていければと思います。
また、個別の参加者同士が相手を指名して呼びかけることが発言の多くを占めると、新しくきた人が参加しづらい空気がつくられていってしまいます。
最初に掲示板に発言するのは勇気がいるものです。グループができていて、そこのメンバー同士にしか呼びかけられていない場では、なかなか自分も仲間に入りやすいと思えないのではないのでしょうか。
とくに窓1は一般に公開されているオープンな場であり、もしかしたら今日、身近な人を亡くしてたどりついた人が閲覧するかもしれない場所です。
個別のコミュニケーションがしたい参加者は、コミュニティとして窓2が用意されていますので、そちらに参加を申し込んでください。
みなさまのご協力をお願いいたします。
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